1. 抗原受容体とリンパ球分化
抗体産生を使命とするB細胞の数はおよそ1兆個(1012個)にもなると試算され、 その一つ一つが異なる抗原を認識する受容体を細胞表面に発現します。 B細胞は骨髄において造血幹細胞から作られますが、 そのように極めて多様な抗原受容体を有した細胞集団は遺伝子再編成と細胞増殖を巧妙に組み合わせることで形成されます。 私たちは遺伝子再編成と連動した細胞増殖がERK MAPキナーゼと呼ばれる分子によって制御されており、 これによって多様なB細胞が生み出されていることを世界で初めて明らかにしました。 リンパ球が抗原と反応した後にもさらなる多様性を生み出す複数の仕組みが存在し、 その全体像解明に向けた研究を推進しています。
- B細胞分化と多様性獲得における抗原受容体の役割
- Camk2分子記憶素子を介した抗体親和性成熟のメカニズム
- 自然免疫における抗原受容体の役割
- リンパ球分化におけるヒストンメチル化酵素PRC2複合体の役割
- 自己免疫疾患やリンパ腫における炎症抑制分子A20の役割
2. 血球の分裂限界と不死化
リンパ球は抗原に遭遇すると細胞分裂を開始し、 反応性のクローンを増幅することで病原体に対応しますが、 その後適切なタイミングで細胞の増殖を止めなければいけません。 それでは細胞分裂を停止するタイミングはどのように決定されているのでしょうか? 細胞の分裂回数にはそもそも限界があるのでしょうか? 興味深いことに細胞の分化誘導と分裂停止は連動する場合が多く、 分化に伴う遺伝子発現転換と細胞分裂停止には共通する機構があると考えられます。 特にがん遺伝子と関連する細胞老化因子に着目し、 免疫応答後に細胞分裂を終了させる分子機構を調べることで、 白血病やリンパ腫といった悪性がんの無限増殖を阻止する方法の開発を目指しています。
- 活性化リンパ球の増殖限界を制御する分子メカニズムの解明
- リンパ球不死化因子の同定と不死化を制御する分子メカニズムの解明
3. 血球の寿命制御
血球の寿命は古くから推定を試みられてきましたが技術的な限界もあり正確にはわかっていません。 私たちは細胞の誕生から死までをマウス体内で追跡できるシステムを構築することで、 リンパ球個々の寿命の違いを検出し、それがどのようにコントロールされているのかを明らかにしようとしています。 抗原で活性化されたリンパ球の一部はとても長い寿命を持つ記憶細胞や形質細胞(抗体産生細胞)に分化し、 長期に渡る免疫記憶が獲得されます。血球の寿命が決定されるメカニズムや、 一部の免疫細胞が長期維持されるメカニズムを分子レベルで明らかにしようとしています。
- 長期に渡って維持されるナイーブリンパ球の性状解析
- In vivo細胞追跡技術を用いた個体生涯を通じたリンパ球動態の解析
- 記憶細胞や形質細胞の寿命決定因子の探索
4. ウイルス感染や癌に対する免疫監視
Epstein-Barr (EB) ウイルスはB細胞を癌化する腫瘍ウイルスで、 90%を超える人類に潜伏感染していますが通常は癌を発症しません。 これは免疫系が癌細胞を常時監視して抑制しているからです。 私たちは免疫監視を誘導するEBウイルス遺伝子や免疫監視に重要な細胞を世界に先駆けて明らかにし、 腫瘍抗原を標的とした分子医薬の開発などを行ってきました。 それら成果をもとに、以下のプロジェクトを推進しています。
- EBウイルス感染による抗原性獲得メカニズムの解明
- 細胞傷害性CD4T細胞の解析と癌免疫治療への応用
- EBウイルス抗原性を利用したワクチン開発
5. 免疫寛容とアレルギー
日本人の20%以上もの人が何らかのアレルギーに悩まされるほど、アレルギーは身近な問題となっています。 当研究室では特にIgGやIgEなど抗体を主体として発症するアレルギーのマウスモデルを用いて発症機序の解析を行っています。 また特定の蛋白質抗原に対して人工的に免疫寛容を誘導することで疾患治療に役立てる研究も行っています。
- アナフィラキシー誘発モデルを用いた食物アレルギー発症機序の解明とその予防
- 免疫寛容誘導ワクチンの開発
- アトピー性皮膚炎マウスモデルを用いたアレルギーマーチ発症機序の解析
6. ウイルス感染症に対するワクチンと抗体医薬の開発
ウイルス感染が起こった宿主では病原体を不活化する抗体が作られます。 これは元々弱くしか結合しない抗体が形を変えながらより強い結合力を持った抗体へと進化を繰り返すことで時間と共に強化され、 特に変異を繰り返すウイルスの排除において重要です。 私たちの研究室ではB細胞がリンパ組織の胚中心と呼ばれる場所で抗体の結合力を上昇させる仕組みについて研究しており、 病原ウイルスを不活化する抗体が誘導されるワクチン開発を行っています。 また有益な抗体遺伝子を体から取り出す技術や、免疫反応を人工的に体外で起こす技術を開発することで、 抗体を医薬品に応用する研究を行っています。
- ウイルス様粒子(VLP)を用いたワクチン開発
- 有用な抗体を単一細胞から取得する技術の開発
- 抗ウイルス免疫反応のin vitro化を目指したリンパ球体外培養系の確立
7. ヒト免疫細胞の体外大量生産システムの開発
ヒトの免疫の実態を知るためにはヒトの免疫細胞を用いた研究が不可欠であり、 現在はおもにボランティアの方から血液をいただいています。 しかし、年齢や体調など個人差が大きく、また同じ方から何度も採血するわけにはいきません。 さらに血液中にはほとんどいない重要な免疫細胞もいます。こうした限られた研究材料のため、 ヒト免疫の研究はマウスなどを用いた研究に比べて遅れています。 したがってヒト免疫細胞の新たな供給源について、 従来の方法によらない革新的なアイデアおよびそれを達成する技術が必要となります。 すべての免疫細胞は骨髄や臍帯血中に存在する、造血幹細胞を含むわずかな血液前駆細胞から生まれます。 免疫細胞をつくる能力をもった血液前駆細胞を試験管内で安定して維持できれば、 そこから大量の免疫細胞をいつでも安定して必要量供給できる可能性があります。 近年、私たちは遺伝子操作を一切行わずに独自開発した培養液による安全な方法で、 あらゆる免疫細胞に成長できるマウス培養免疫前駆細胞cCLPの開発に成功しました。 この結果をもとに、現在私たちはヒト培養免疫前駆細胞の開発を目指しています。 こうして将来的に体外で大量につくられたヒト免疫細胞は、ヒト免疫学の基礎理解を飛躍的に向上するだけでなく、 画期的な免疫細胞療法や検査法の開発など実際の医療の面においても非常に役に立つと考えられます。
- マウスcCLP未分化維持機構の解明
- マウスcCLPを用いた各種免疫細胞への分化機構の解明
- マウスcCLP由来免疫細胞の研究応用
- ヒト培養免疫前駆細胞の開発
8. 先天性遺伝子異常疾患の治療開発
ゲノム編集技術の登場によって先天性遺伝子変異を原因とする難病の遺伝子治療も夢ではなくなってきました。 私たちはリンパ球や造血幹細胞、組織幹細胞を標的とした変異修復を行うことで疾患を治療する技術開発を進めてきました。 また先天性遺伝子異常疾患の治療開発を行うための簡便かつ迅速な遺伝子改変マウス作成技術にも取り組んでいます。 安全で確実な遺伝子治療の実現に向けて以下のプロジェクトを推進しています。
- ゲノム編集技術 (iGONAD法)を用いた先天性遺伝子異常疾患マウスの開発
- 移植治療を目指した組織幹細胞へのダイレクトリプログラミング技術の開発
- ゲノム編集による組織幹細胞の遺伝子修復技術の開発